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第4話 七年越しの再会と、最初の刃

ผู้เขียน: 悠・A・ロッサ
last update ปรับปรุงล่าสุด: 2025-12-01 18:39:51

 七年後。

 Dと私は、銀座の清晴堂——晴紀の会社の本社ビルを見上げた。

「清晴堂、もう限界ね」

 Dが言う。

「老舗でも、先代が亡くなって、神園家が金を入れて……

 それでも立て直せなかった」

「だから、私たちに支援を求めてきた」

「ええ」

「助けるわ」

 私は言った。

「——でも、それで終わりじゃない。

 七年前の借りは、返してもらう」

 ふと、ビルのガラス壁に映った自分の姿が目に入る。

 黒のスラックスに、深いボルドーのシルクブラウス。

 線の甘さは消え、

 そこに立っているのは、七年前の少女とは別の——磨かれた女だった。

 天野あまの まゆ──通称Dが、

 私をここまで連れてきた。

(──七年前より、ずっと強い)

 その笑みをごく自然に消し、重いガラス扉へ手を添えた。

 今夜は、七年前の続きを奪い返す夜だった。

 約束の時間より五分早く、商談室の扉を開けた。

 空気が、一瞬だけ凍った。

 向かいの席に座る男が、ゆっくりと顔を上げた。

 その視線が私に触れた瞬間、晴紀の目が、わずかに大きく開いた。

 息をひとつ飲む気配。

 瞬きを忘れたような、短い沈黙。

(……今、見惚れた?)

 ダークネイビーのスーツ。

 寡黙な色のネクタイ。

 昔と変わらない、少し影を引く横顔。

 時間が、七年前へ引き戻そうと手を伸ばしてくる。

(……覚悟してた。でも、本当に来るなんて)

 胸の奥が一瞬だけ波立ったが、私は完璧に押し殺す。

「本日はよろしくお願いします。リュエール マーケティング部の朝倉です。この案件は、部長として私が直接担当します。」

 名刺を差し出すと、晴紀はわずかに間を置いて受け取った。

「……部長、ですか。こちらこそ。清晴堂の……清水晴紀です」

 声は落ち着いているのに、ほんの少しだけ揺れた。

 私は席に着き、静かに資料を広げた。

 数字の列に指を添えながら、淡々と説明を進めていく。

 晴紀は真剣に聞いている──けれど、返事をする前にふっと視線をそらした。

(こんなふうに目をそらす人じゃなかったのに)

(私の顔、見れないんだ)

 気づかれないように胸の奥で笑う。

「…………以上が、御社の数字を立て直すためのブランド刷新の戦略案です。質疑はありますか?」

 最後のスライドをめくったところで、沈黙が落ちた。

 晴紀は、手元の書類を一度閉じる。

「……朱音。いや、朝倉さん。少し……話せるか」

 その一拍の乱れに、私の心臓が小さく脈打つ。

「ここでは話しにくい。屋上で、どう?」

 私はほんの一拍だけ目を落とし、それから無言で頷いた。

***

 屋上に出ると、夜風がスーツの布を静かに揺らした。

 ビルの灯りがぼやけ、空との境界が曖昧になる。

 晴紀は、ポケットに指を入れ──何かを取り出しかけてやめた。

 その仕草だけで、胸の奥にひやりと温度差が走る。

(……昔から変わらない。普段はよくしゃべるくせに、たいせつな話になると急に黙ってしまう)

 あの炊き出しの夜もそうだった。

 叱られて戸惑いながら、何か言いかけて結局言えなくて──

 でもその不器用な沈黙が、なぜかやさしく胸に残った。

(あれが、最初に惹かれたところ……だった)

 今は憎しみで塗りつぶしたはずなのに、

 その一瞬の沈黙だけが、まだ胸の奥をわずかに鳴らす。

 気づかないふりをして、私は視線を上げた。

「それで?」

 彼は、言葉を探すみたいに小さく息を吸った。

「……あの日のこと、謝りたかった」

 私はまぶたひとつ動かさない。

「謝るだけなら、もっと早くできたはずよ」

 晴紀の肩が、かすかに揺れた。

 言いかけて、言葉を飲み込むようだった彼を見て、

 式場で新婦が私をからかったときの、何も言ってくれなかった彼を思い出す。

 彼が口を開く前に、先手を打った。

「奥様と仲が良くないんですか?

 清水さんのネクタイ、もうこんなに古くなってるのに、新しいのは奥様買ってくれないんですか?」

「清水さんって…朱音、あのときは…」

「やめて。言い訳なんて聞く気ない」

「私がこの七年、あなたを憎むことでしか自分を保てなかったのは知ってる?

 おかげで、私はもう、あのときの待ってるだけの子どもじゃないわ」

 晴紀の表情が強張る。その顔を見て、私の心臓がひとつだけ高鳴る。

 怒りか、痛みか、あるいは名前のつかない別のものか──

 自分自身にも、もうよくわからなかった。

 これ以上彼の表情を見たら、

 私はきっと、揺らぐ。

(……でも、もう戻らない)

(これは復讐。私のためのもの)

「仕事の話は進めるわ。うちにもメリットがあるもの」

 私は踵を返し、扉へ向かった。

 閉まりかけた扉の前で、振り返らずに言う。

「七年前のあなたの選択。──利息だけじゃ足りないわよ?」

 背後で、晴紀が何か言いかけた。

「朱音——」

 低く、かすれた声。

 でも、私は止まらなかった。

 カチリ、と扉が閉まる。

 その静かな音が胸の奥に落ちて、

 ほんのわずかに痛んだことだけは──

 私だけの秘密にした。

***

 ──けれどあの夜の真相を、朱音はまだ知らなかった。

 朱音が壊れたあの瞬間、晴紀もまた、別の地獄に落ちていたことを。

 朱音が去ったあと、テーブルには静けさだけが残った。

 晴紀はゴミ箱へ手を伸ばし、メモ帳だけを拾い上げる。汚れを指で軽く払う。そして、静かに革表紙をめくった。

 中に挟まれた一枚の紙。

 そこには、「どうか──自分の晴れを、誰かのために使える人でありますように」と、

 あの日と変わらない、朱音のきれいな文字が丁寧に綴られていた。

 晴紀のまつげが、ほんのわずかに震えた。

(……そういえば、あの日も)

 被災地の炊き出しで、おにぎりに文句を言った自分を、

 朱音はためらいなく叱った。

「ここホテルじゃないんだけど。もてなしてもらいに来たわけ?」

 あんなふうに真っすぐ言われたのは初めてだった。

 実家は老舗。

 味が落ちれば職人が責められ、

 粗相があれば「跡取りに不快な思いをさせるな」と周囲が先に頭を下げる。

 叱られるべき場面でも、誰かが必ず先に庇ってくれた。

 だからこそ──あの時の朱音の一言は、胸の奥の重たい何かを一瞬だけ剥がした。

 驚いたのに、なぜかふっと軽くなったのを覚えている。

 あの日が初めてだった。

 ひとりの人間としてまっすぐ向き合われたのは。

(……あれが、始まりだったんだ)

(なのに)

「……子どもかよ」

 本当は、その純粋さが好きだった。

 それなのに、傷つける方を選んでしまった。

 晴紀は紙をそっと抜き取り、メモ帳をポケットに滑らせる。

(……朱音、ごめん)

(お前の晴れを壊したのは俺だ。全部わかってる)

(でも──こうしないと、うちの店は本当に潰れる。親父も、職人も、みんな巻き込んで)

 喉が焼けるほど痛む。

(……それに。あの家と組むなら……朱音、お前の方がきっと、巻き込まれる)

 誰にも聞こえない、乾いた言葉が胸の奥で響いた。

(守りたかったのに)

(選んだのは……最低な方だった)

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